2011年5月6日金曜日

メコン横断_3 4日目② パクセ 

 やっとバスに乗ることは出来ましたが、アジアのバス苦行は続きます。バスに乗り込むと奥は野菜の山になってました。途中乗車にも関わらず運良く普通の席があてがわれましたが足の踏み場がありません。足元は小型の瓜がところ狭しと置かれています。まわりの座席という座席の下は荷物の山です。良く見るといくぶん椅子の足が長いようです。私の足では全く下まで届かない高さです。もしかして荷物を入れることを前提に椅子の高さを決めているのかも知れません。
【写真1 バスの内部1】

【写真2 バスの内部2】

てな具合で小一時間も走ったでしょうか。バスがある建物に入りトイレ休憩です。トイレから戻ると皆でテーブルを囲んでご飯を食べてます。午前中なのにおやじ連中はビールで宴会状態になってます。そしたらお前も食え、とのジェスチャー。なんと、バス会社のサービスのようでした。たいしたメニューではないのですが、やはり皆でつつく料理は滅茶苦茶美味しく、ご飯をお代わりしてしまい大満足です。
【写真3 大皿料理】

食事を終えてさあ出発です。と10分も経たないうちにいきなり今回のハイライト・国境に到着。いわゆるBOY(ベトナム)-カムサムナ(ラオス)国境です。んー地味、滅茶苦茶地味。最近できた?国境なのでとても地味!周りに何もありません。バスと言えばイミグレ建物の出口側(ラオス方向)にいきなり付けて横着してます。出国手続きは我々のバスだけです。乗客といえば出国手続きが皆終るまでバスは出ないのに何故か我先に窓口に手を突っ込んで争ってバスポートを係官に渡そうとします。中には賄賂を付けて渡そうとしている奴もいます。「この人数しかいないのにそこまでやるか?」結局、賄賂など必要なくすぐにスタンプを押してくれました。
【写真4ベトナムのイミグレ】 

次はバスで1分のラオスのイミグレです。ラオス側もイミグレは立派な建物ですが、手続きはそばのプレハブ小屋で入国手続きをしました。なんと、ここにはコンピューター端末がありません。怪しそうな奴は手書きの注意リスト?のようなものとパスポート番号をつき合わせてチェックをしています(リストは4枚しか無かったですが)。私と言えば、写真と入国カードの確認、過去のスタンプをちら見で終わり。んー、ゆるすぎます。もちろん荷物のチェックなどありません。でも、別の建物でしっかり入国手続き料を取られました(100円程度)、しっかりしてます。たぶん、日曜日だったからだと思います。
【写真5 ラオスのイミグレ】

アメリカ人3人組のアライバル・ビザ取得のため時間はかかりましたが1時間程度で出国手続きは全員完了。バスが走り出すと何故か1分で止まりました。エンジンはかかったままですが、おやじ連中は掘っ立て小屋の売店で酒盛りの続きを始めてしまいました。結局訳も分からず1時間が過ぎ、何人かが乗り込んできて何もなかったように出発しました。よく分かりませんが、待ち合わせでしょうか?
結局パクセに着いたのは夜の7時20分、移動で13時間かかってしまいました。そして当てにしていた宿が満杯で宿を探して夜の街を徘徊し、荷物を降ろしたのは20時を過ぎてしまいました。そして、ただ飯以来の遅い食事を何故かインドカレー屋で食べました。何故カレーかというと、遅くなってここしか開いてなかったのです。これが絶品のマサラでちょっと元気が出ました。もちろんビア・ラオも一緒に頂きます。ビア・ラオを飲むとラオスにいる実感が湧いてきます。そして食堂が西洋人だらけでやっとツーリストの街に入ったことも実感します。
【写真6 カレー屋】

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